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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)100号 判決

アメリカ合衆国サウス・カロライナ 29651 グリーア、サウス・バンコーム・ロード1525

原告

アドバンスド・コンポジット・マテリアルズ・コーポレーション

同代表者

ジェイムス・エフ・ルーズ

同訴訟代理人弁護士

大場正成

尾﨑英男

嶋末和秀

同弁理士

野口良三

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

播博

伊藤頌二

花岡明子

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第23631号事件について平成6年11月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外アトランティック・リッチフィールド・カンパニーは、1985年3月14日及び1986年2月18日にアメリカ合衆国においてなされた出願に基づく優先権を主張して、昭和61年3月13日、名称を「強化したセラミック切削工具」(後に「切削工具とそれを使用する金属切削方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和61年特許願第53814号)した。

昭和63年10月12日付けで、本願発明の特許出願人を上記訴外会社から原告に名義変更する旨の届出が特許庁に提出された。

特許庁は、平成5年9月1日に本願につき拒絶査定をしたので、原告は、同年12月20日審判を請求し、平成5年審判第23631号事件として審理されたが、平成6年11月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月14日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

約25容量%の単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスからなり且つ150m/分以上の速度での金属の切削に使用できる切削エッジを有する焼結セラミック複合材料からなる工具。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開がされた特願昭60-12297号(特開昭61-174165号公報参照)の願書に最初に添付した明細書および図面(以下「先願明細書」という。)には、容量比で2~30%の微細なα型またはβ型結晶の炭化珪素繊維が実質的に互いに分離してアルミナ素地中に分散した組織を有し、高温での機械的強度に優れ、高温硬度の高いアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップに用いることが記載されている。

(3)  本願発明と先願明細書に記載された発明とを対比すると、先願明細書に記載された微細なαまたはβ型の炭化珪素繊維を実質的に分離してアルミナ素地に分散した組織とは、単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスに他ならないし、アルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は、焼結セラミック複合材料であり、切削工具用チップは切削エッジを有することは当然のことであるから、本願発明と先願明細書に記載された発明は、単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスからなり金属の切削に使用できる切削エッジを有する焼結セラミック複合材料からなる工具である点で一致するが、次の点で相違する。

〈1〉 相違点1

単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量が、本願発明においては、約25容量%であるのに対して、先願明細書に記載のものにおいては、2~30容量%である点

〈2〉 相違点2

切削エッジが、本願発明のものにおいては、150m/分以上の速度での金属の切削に使用できるものであるのに対して、先願明細書に記載のものにおいては、特に限定されていない点。

(4)  そこで、相違点について検討する。

〈1〉 相違点1について

単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量が約25%のものは、先願明細書に記載された範囲に属するから、単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量において、本願発明は先願明細書に記載の発明に含まれる。

〈2〉 相違点2について

先願明細書に記載された工具においても、本願発明の工具と同一の焼結セラミック複合材料の組成を持っているから、本願発明のものと同じ切削能力を内在しているといえる。即ち、先願明細書に記載された発明においても、150m/分以上の速度での金属の切削に使用できる切削エッジを有することに変わりはない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、先願明細書に、容量比で20~30%の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体が記載されている点、及び、そのような焼結体を切削工具用チップに用いることが記載されている点については争い、その余は認める。同(3)については、相違点1の認定中、先願明細書に記載のものの単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量が2~30容量%とした点は争い、その余は認める。同(4)は争う。(5)のうち、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であり、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとの点は争い、その余は認める。

審決は、先願明細書記載の発明の内容についての認定を誤り、かつ、本願発明の選択発明としての意義を看過して、本願発明は先願明細書記載の発明と同一であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  先願明細書記載の発明の内容についての誤認(取消事由1)

〈1〉 審決は、先願明細書(甲第6号証)には、「容量比で2~30%の微細なα型またはβ型結晶の炭化珪素繊維」を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体が記載されている旨認定しているが、「容量比で20~30%の炭化珪素繊維」に関する部分については誤りである。

先願明細書の特許請求の範囲第1項の「炭化珪素」には、繊維状のもののみならず、粒状のものがあり、2~30容積%という数値範囲は後者について規定したものであり、前者については本来2~20容積%とされるべきものであって、実施例を含めた先願明細書の発明の詳細な説明は、20容積%を超える繊維状炭化珪素を分散させたものは除外されることを教示しているものというべきである。

先願明細書は、炭化珪素の容積%の上限を設定した根拠について、炭化珪素同士の接触による室温及び高温での機械的強度の低下を挙げているが、先願明細書の第1表には、粒状の炭化珪素の場合について容積率の上限である30容積%のデータが示されており、機械的強度を示す曲げ強度の値をみると、室温で37.8kg/mm2、1000℃で36.4kg/mm2、1200℃で27.4kg/mm2となっている。これに対し、上記第1表には、繊維状炭化珪素の場合には30容積%の例は示されておらず、15容積%のものが最大となっているが、15容積%の繊維状の炭化珪素の場合のデータをみると、室温で35.6kg/mm2、1000℃では35.2kg/mm2で、30容積%の粒状の炭化珪素の場合より、曲げ強度、すなわち機械的強度において劣っており、1200℃での曲げ強度28.2kg/mm2がわずかに30容積%の粒状炭化珪素の場合より優れている程度である。すなわち、第1表の結果は、繊維状炭化珪素の場合は15容積%でも、室温及び高温での機械的強度が、粒状炭化珪素の上限である30容積%と同程度に低下していることを示している。

第1表の上記データによれば、先願明細書中の「炭化珪素が繊維状である場合は、分散量の上限は20容積%とするのが望ましい。」(甲第6号証3頁右下欄6行ないし8行)との記載は、当業者にとっては、炭化珪素が繊維状である場合の上限そのものを教示しており、そのように理解されるものと考えられる。当業者は、少なくとも、20容積%を超える繊維状炭化珪素を分散させたものが、先願明細書に記載された発明の備えるべき性質、すなわち室温及び高温での十分な機械的強度を有しているとは考えないはずである。

〈2〉 審決は、先願明細書には、「アルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップとして用いること」が記載されている旨認定しているが、誤りである。

先願明細書中、切削工具に関する唯一の記載は、「本発明に基づくアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は、例えば切削工具用チップ等に適用した場合、性能の著しい向上が期待でき」(甲第6号証5頁右上欄3行ないし6行)との部分であるが、ここでは、単なる期待として切削工具用チップが記載されているのみである。実施例として第1表に記載されているデータも、単なる曲げ強度及び硬度にすぎず、切削工具用チップとして用いた場合のデータではない。

仮に、先願明細書にアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップとして用いることが示唆されているとしても、どのような組成の焼結体が切削工具に使用できるかについては全く記載されていない。特に、「容量比20%以上の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体」を切削工具用チップに用いることが示唆されていないことは明らかである。前述のとおり、先願明細書の認識では、炭化珪素繊維を20容量%以上含むものは好ましくないのであるから、そのような組成の焼結体を用いた切削工具が開示ないし示唆されているとはいえないことは明らかである。

〈3〉 上記のとおり、審決は、先願明細書に記載された発明の内容について認定を誤り、その結果、本願発明と先願明細書に記載された発明は同一であるとの誤った判断をしたものである。

(2)  本願発明の選択発明としての意義を看過した誤り(取消事由2)

審決は、相違点1について、本願発明の単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量約25容量%という構成が、先願明細書の2~30容量%という数値範囲に含まれることを指摘するにとどまり、本願発明の約25容量%という構成が、先願明細書に具体的に開示されず、かつ、顕著な効果を有するため、選択発明としての意義を有することを看過している。

〈1〉 本願明細書(甲第2号証)の第1図及び第3表に示される、加工材料をクラス30のねずみ鋳鉄とし、切削速度600m/分、送り速度1.0mm/歯、2.0mm/歯及び2.5mm/歯の条件下での試験結果からも明らかなように、本願発明の約25容量%の単結晶炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は、予期し得ない著しく優れた靱性、耐破損性を有するものである。すなわち、

まず、送り速度が1.0mm/歯のときは、炭化ケイ素ホイスカーを含まないセラミック工具はすべて破損したが、本願発明の含有容量及び他の含有容量の炭化ケイ素ホイスカーを含む工具はいずれも破損しなかった。これは、炭化ケイ素ホイスカーを含有させることにより靱性、耐破損性が改善されるが、この試験条件下ではまだ炭化ケイ素ホイスカーの容量%による靱性、耐破損性改善の程度の差が現れないということである。次に、送り速度を2.0mm/歯とした試験条件下では、比較対象たる15容量%、20容量%及び30容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含有する工具はいずれも途中で破損してしまったが、本願発明の25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は無破損で終了した。25容量%の工具について更に、苛酷な送り速度2.5mm/歯の条件で試験したが、無破損で終了している。

そして、工具の靱性、耐破損性が優れていれば、同じ加工材料であればより大きな送り速度で用いることができ、生産性が向上する。また、同じ送り速度であれば、より硬い加工材料に用いることができるという効果を発揮する。

〈2〉 先願明細書には、容量比で2~30%の炭化珪素繊維(ホイスカー)をアルミナ素地中に互いに分離して分散させたアルミナー炭化ケイ素複合焼結体が概括的に記載されているものの、容量を約25%とする炭化珪素繊維を分散させたものは、具体的には開示されていない。

かえって、先願明細書は、前記のとおり「炭化珪素が繊維状である場合には、分散量の上限は20容積%とするのが望ましい。」と述べており、本願発明の約25容量%という構成は先願明細書中では好ましくない数値範囲に含まれる。そして、実施例(第1表)として具体的に開示されているものも、繊維状のものとしては、5容積%、10容積%、15容積%のもののみであり、約25容量%のものは存しない。

したがって、先願明細書は、容量比で2~30%の炭化珪素繊維(ホイスカー)から、特に約25容量%のものを選択することについては何らこれを示唆していない。

〈3〉 審決は、本願発明の約25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具が、先願明細書には具体的に開示されておらず、かつ、顕著な効果を有していて選択発明としての意義を有することを看過し、相違点1について、漫然と「単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量において、本願発明は先願明細書に記載の発明に含まれる。」と述べ、これを前提として本願発明と先願明細書に記載された発明と同一であるとの結論に導いているものであって、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 先願明細書の特許請求の範囲第1項の発明は、炭化珪素が粒状の場合でも、繊維状の場合でも、容積比2~30%の微細な炭化珪素を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を包含するものである。

先願明細書における「炭化珪素が繊維状である場合は、分散量(容積%)の上限は20容積%とするのが望ましい。」(3頁右下欄6行ないし8行)と記載があることを根拠にして、望ましい範囲外のものを除外すべき特段の理由がないにもかかわらず、望ましい範囲を超えるものは含まないと解釈することは許されない。また、実施例は、通常それらのうちの必要な一部について例示するものであり、実施例によって特許請求の範囲に記載された発明を限定的に解釈しなければならないというものではない。

〈2〉 原告は、先願明細書には、容量比20%以上の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップに用いることは示唆されていない旨主張する。

しかし、そもそも先願発明の技術課題が、切削工具用チップ等として用いられるアルミナの高温での機械的強度を改善することであり、ましてや、その明細書に、「本発明に基づくアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は、例えば切削工具用チップ等に適用した場合、性能の著しい向上ができ、」(5頁右上欄3行ないし6行)と記載されているのであるから、先願明細書には、特許請求の範囲第1項に記載されている容量比2~30%の炭化珪素繊維を含有するアルミナ炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップに用いることが記載されていることは明白であって、原告の上記主張は失当である。

(2)  取消事由2について

原告は、本願発明の切削工具が切削速度600m/分、送り速度2.0mm/歯および2.5mm/歯の試験条件下で無破損で試験を終了したから、本願発明が著しく優れた靱性、耐破損性を有する旨主張する。

しかし、切削工具の評価は、単に特異な条件下における性能で評価されるものではない。むしろ、工具の通常の切削条件下での性能が重視されるのである。そして、通常の条件、すなわち本願明細書第3表中に示される、切削速度1800m/分、送り速度0.013mm/歯、又は切削速度1800m/分、送り速度0.25mm/歯の条件下では、25容量%のものより15容量%、20容量%、30容量%のものの方が性能が優れているのである。

したがって、原告の上記主張は妥当ではない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  先願明細書に記載された微細なα型またはβ型結晶の炭化珪素繊維を実質的に分離してアルミナ素地中に分散した組織とは、単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスであり、アルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は焼結セラミック複合材料であること、切削工具用チップが切削エッジを有することは当然のことであること、本願発明と先願明細書記載の発明は、単結晶炭化ケイ素ホイスカーを全体に分布含有するアルミナマトリックスからなり、金属の切削に使用できる切削エッジを有する焼結セラミック複合材料からなる工具である点で一致し、切削エッジが、本願発明のものにおいては、150m/分以上の速度での金属の切削に使用できるものであるのに対して、先願明細書に記載のものにおいては、特に限定されていない点で相違することについては、当事者間に争いがない。

〈2〉  原告は、審決が、先願明細書には、「容量比で2~30%の微細なα型またはβ型結晶の炭化珪素繊維」を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体が記載されている旨認定した点について、容量比で20~30%の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は記載されていない旨主張するので、この点について検討する。

(a) 先願明細書(甲第6号証)の特許請求の範囲第1項に、「容積比で2~30%の微細な炭化珪素が実質的に互いに分離してアルミナ素地中に分散した組織を有し、高温での機械的強度に優れ、高温硬度の高いアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体。」と記載され、その実施態様を記載した同第3項には、「炭化珪素が、径1μm以下、長さ20μm以下の繊維状を呈する、特許請求の範囲第1項記載のアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体。」と記載されていること、発明の詳細な説明には、「発明者は、鋭意研究の結果、平均粒度3μm以下の炭化珪素粒子、或いは径が1μm以下で長さが20μm以下の炭化珪素繊維(ウイスカー)をアルミナ素地中に独立して(互いに分離して)分散させることにより、アルミナ素地粒界に局部的な残留応力を与え、又は粒界での原子の拡散とクラック成長に対して抵抗となるような状況を与えることにより、高温での機械的性質を改善することができることを見出した。」(2頁左下欄18行ないし右下欄6行)、「素地中に分散させる炭化珪素は、α型でもβ型結晶形でも良い。純度は98%以上が好ましく、その形状は等軸(粒子)形でも良いが、繊維状でも良い。」(3頁左下欄7行ないし10行)、「炭化珪素の素地中に占める割合は、焼結体全体に対して2~30容積%(顕微鏡下での面積比率も2~30%である。)とする。これが2容積%未満では、高温強度改善の効果が顕著ではなく、これが30容積%を越えて多量になると、炭化珪素同士が互いに接触する部分が多くなり、室温及び高温での機械的強度が却って低下するようになる。」(3頁左下欄末行ないし右下欄6行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、先願明細書には、「容量比で2~30%の微細なα型またはβ型結晶の炭化珪素繊維」を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体が記載されていることは明らかであると認められる。

(b) もっとも、先願明細書の発明の詳細な説明には、「炭化珪素が繊維状である場合は、分散量の上限は20容積%とするのが望ましい。」(甲第6号証3頁右下欄6行ないし8行)と記載されているが、上記記載は、炭化珪素が繊維状である場合には、その分散量の上限が20容積%までのものは、それ以外のものに比べてより優れた効果を奏するということを意味するにとどまり、分散量の上限が20容積%のものに限定されるという趣旨のものでないことは明らかであるから、上記記載をもって、先願明細書には、容量比で20~30%の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体については記載されていないとすることはできない。

また、先願発明の実施例につき「曲げ強度」や「硬度」の試験結果を示す先願明細書の第1表には、等軸(粒状)のものの炭化珪素の容積率については5%、10%、30%の例が挙げられているのに対し、繊維状のものについては5%、10%、15%の例しか挙げられていないが、繊維状のものの分散量の上限が原告の主張するように「20容積%」であるならば、粒状のものとの比較のためにも当然、繊維状のものにつき20容積%である場合の実施例も記載されているはずであって、繊維状のものについての上記挙示例をもって、繊維状のものの分散量の上限は20容積%であるとすることはできない。

さらに、上記第1表によれば、15容積%の繊維状の炭化珪素を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体では、「曲げ強度」が、室温で35.6kg/mm2、1000℃で35.2kg/mm2、1200℃で28.2kg/mm2であるのに対し、30容積%の粒状の炭化珪素を含有するものでは、それぞれ37.8kg/mm2、36.4kg/mm2、27.4kg/mm2であることが認められ、この試験結果によれば、「曲げ強度」において、15容積%の繊維状の炭化珪素を含有するものは、30容積%の粒状の炭化珪素を含有するものより、1200℃の場合は優るものの、室温や1000℃の場合は少し劣っていることが認められる。しかし、上記第1表によれば、室温や1000℃における「曲げ強度」は、容積率が5%の場合及び10%の場合にも、繊維状の炭化珪素を含有するものは粒状の炭化珪素を含有するものよりも劣っているものと認められること、先願発明は、「室温ではもとより、特に1000℃以上の高温で機械的強度に優れ、硬度の高いアルミナ基耐熱焼結体及びその製造方法を提供することを目的としている。」(甲第6号証2頁右上欄14行ないし17行)ものであって、高い硬度を得ることも重要な技術課題としているところ、上記第1表によれば、繊維状の炭化珪素を含むものは、「硬度」に関しては、いずれの条件下においても粒状の炭化珪素を含むものよりはるかに優っており、しかも、繊維状の炭化珪素の容積率が高くなるほど「硬度」が高くなっていることが認められることからすると、室温や1000℃の場合の「曲げ強度」において、15容積%の繊維状の炭化珪素を含有するものが、30容積%の粒状の炭化珪素を含有するものより劣っていることをもって、先願発明は、繊維状の炭化珪素の含有容量が20容積%以上のものを除外しているものとすることはできない。

以上のとおりであって、原告の上記主張は理由がない。

〈3〉  原告は、審決が、先願明細書には、「アルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップとして用いること」が記載されていると認定した点について誤りである旨主張する。

しかし、先願明細書(甲第6号証)中には、「ロ、従来技術

アルミナは、集積回路の基板やパッケージ、切削工具用チップ等セラミックス中で最も広範囲に使用されている。然し、アルミナは、化学的に極めて安定な物質であるが、セラミックスとしては比較的低い800℃付近以上の温度では機械的強度が低下する」(1頁右下欄16行ないし2頁左上欄2行)、「ハ、発明の目的 本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであって、室温ではもとより、特に1000℃以上の高温で機械的強度に優れ、硬度の高いアルミナ基耐熱焼結体及びその製造方法を提供することを目的としている。」(2頁右上欄12行ないし17行)、「本発明に基づくアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体は、例えば切削工具用チップ等に適用した場合、性能の著しい向上が期待でき、」(5頁右上欄3行ないし6行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、先願明細書には、先願発明に係るアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップとして用いることが記載されているものと認められる。

原告は、先願明細書にアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体を切削工具用チップとして用いることが記載されているとしても、どのような組成の焼結体が切削工具に使用できるかについては全く記載されておらず、特に、「容量比20%以上の炭化珪素繊維を含有するアルミナー炭化珪素耐熱複合焼結体」を切削工具用チップとして用いることが示唆されていないことは明らかである旨主張するが、上記〈2〉に認定、説示したところに照らしても採用できない。

〈4〉  以上のとおりであって、先願明細書記載の発明の内容についての審決の認定に誤りはないものというべきであり、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

本願明細書(甲第2号証)の第1図、第2図、及び第3表には、各種切削工具を用い、単工具正面フライス削りにより、工具寿命一作業工程を試験した結果が示されており、これによれば、(イ)切削速度が600m/分で、送り速度が1.0mm/歯の場合は、15容量%、20容量%、30容量%、25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具はいずれも破損しなかったこと、(ロ)切削速度が600m/分で、送り速度が2.0mm/歯の場合は、15容量%、20容量%及び30容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具はいずれも途中で破損したが、25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は無破損で終了したこと、(ハ)切削速度が600m/分で、送り速度が2.5mm/歯の場合でも、25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具は破損しなかったこと、(ニ)切削速度が1800m/分で、送り速度が0.013mm/歯の場合は、15容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具が耐摩耗寿命において最も優れ、単結晶炭化ケイ素ホイスカーの含有量が20容量%、30容量%のものは25容量%のものより耐摩耗寿命において優れていたこと、(ホ)切削速度が1800m/分で、送り速度が0.25mm/歯の場合は、単結晶炭化ケイ素ホイスカーの含有量が15容量%、20容量%のものが耐摩耗寿命において同程度に優れ、25容量%のものは30容量%のものより劣っていたことが認められる。

上記事実によれば、25容量%炭化珪素ホイスカーを含有する切削工具は、上記(ロ)及び(ハ)のような苛酷な条件による試験においては、15容量%、20容量%及び30容量%炭化珪素ホイスカー含有の切削工具に比べて工具寿命において優れているものと認められる。

しかし、単工具正面フライス削りを実施する場合の条件は、通常、上記(ロ)及び(ハ)のような苛酷なものよりも、むしろ上記(イ)、(ニ)及び(ホ)のような場合であると認められるところ、上記認定のとおり、(イ)、(ニ)及び(ホ)の場合には、本願発明に係る25容量%の炭化珪素ホイスカーを含有する切削工具は格別顕著な効果を奏するものとはいえず、したがって、本願発明について選択発明としての意義を有するものとすることはできないものというべきである。

原告は、審決は、本願発明の約25容量%の炭化ケイ素ホイスカーを含む切削工具が、先願明細書には具体的に開示されておらず、かつ、顕著な効果を有していて選択発明としての意義を有することを看過したとして、相違点1につき、「単結晶炭化ケイ素ホイスカー含有量において、本願発明は先願明細書に記載の発明に含まれる。」とした判断の誤りを主張するが、この主張が理由のないことは叙上説示したところから明らかであり、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を違法として取り消すべき事由は認められない。

なお、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないことについては、当事者間に争いがない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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